鬱島郡節目

鬱島郡節目 1902年4月

節目とは、規則の箇条や細目のことを指す。
日本人の不法伐木を禁止すること、外国人への土地売買を禁止すること、その他に税金が書かれている。

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内部の鬱島郡節目

本 郡(鬱島郡)が昇格してすでに2年が過ぎたのに、全島の庶務がまだ草創のままであることが多い中、流言飛語を作り出し教化されない何人かの悖民たちが、民 衆を扇動するので、本部(内部)では方略を講じて郡の規律を確立せざるをえない。従って、別に節目を作って送るので、このまま行ない、破ってはいけない。 島民の中に、前のように戸惑って命令に従わない者がいれば、いちいち摘発して速やかに馳報せよ、然らば当然、別段の厳しい措置があるだろう。格別に留意し て挙行せよ。 節目の意味を諺文(ハングル)にも翻訳して各村に掲示し、一人たりとも聞いていない、知らないというような弊害をなくすこと。

一  日本からやってきて木を密かに切っていく者を、特別に厳禁すること。

一  本島の人民中に、家屋と田土を外国人に密かに売買する者があれば、当然のことに、一律(=死刑)を施行すること。

一  本島の開拓はまだ未尽であるから、島民が家庭を作ることを切実に望む、よって税金はまだ定めない。およそ島民たちは耕作をして生きていくのであるが、もし万一、内陸に移居するような場合には、私的な売買を出来なくして官有に返還するようにさせること。

一  現在ある官庁の建物は、七間であればそのまま屋根を補修して使い、もし4~5間程度で狭ければ、若干の増建だけをして、民に迷惑をかけないこと。

一  鄕長1人、書記1人、使令3人を先ず先に置き、仕事に供役させること。

一  郡守以下、鄕長・書記・使令の給料は、郡で概略算定しなくてはいけない。鬱陵島の戸数が500戸になるならば、家ごとに春に出す税金は麦3斗、秋に出す税金は豆4斗ずつを納めさせ、給料として分け与えること。

一  500戸が、戸ごとに麦3斗を収めるならば、全部で1500斗になる。 石にすれば、全部で100石以内だ。郡守一人の給料は60石、鄕長1人の給料は12石、書記一人は10石、使令3人は一人当り6石ずつで合わせて18石、合計100石を定式とすること

一  各道の商船にして鬱陵島に来て漁労や採藿をする者には、一人当たりに10分の1税を納めさせ、外地に出入する貨物は、その値段により100分の1税を納めさせて経費に加えること。

一  官船一隻を先に用意してこそ往来が楽になるが、以前、本部の調査委員が入島したときに(1900年の禹用鼎の調査をさすか?)、田士能と李東信が盗んだ木を官衙に属させたことについては、きちんと調査・徴税して船隻の購買費用とすること。

一  (このほかの)未尽の条件は、本郡で十分に相談してさらに整備すること

後禄

香木200斤を、1年おきに進上すること。

戸布銭500両は、毎年、度支部(=大蔵省)に納入すること。

郡守の年俸、および鄕長・書記・使令の給料は、総算する。

郡守は、春には麦60石、秋には豆40石で、合計100石。

鄕長は、春には麦12石、秋には豆12石で、合計24石。

書記1人は、春には麦10石、秋には豆12石で合計22石。

使令は、それぞれ春には麦6石、秋には豆12石、3人の合計が麦18石、豆36石で 総計麦100石、豆100石。

光武6年(1902年) 4月 

内部

ところで韓国側は、この資料を「鬱陵島と独島(竹島)を実際に経営したことを立証する資料」と主張していますが、実際この内容を確認すると、竹島のことは全く触れられておらず、そうした主張が成り立たないことは明白です。

  • 最終更新:2014-12-01 12:44:48

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