韓国政府 | 独島に関する大韓民国政府の公式的な見解

大韓民国政府は独島が韓国の管轄にあると確信している。この事実は地理的にも歴史的にも国際法に照らしても議論の余地がない。
記録により証明された独島の昔の名前「 于山島(ウサンド)」
新羅(57-935)は鬱陵島と独島を領土にした于山国(ウサングク)を512年に併合した。その時から公式的な文書に「独島」という名前が登場する。世宗実録地理志(1454)は鬱陵島と独島を武陵島と于山島として記録しており、『高麗史』(1451)、『新増東国輿地勝覧』(1530)、『東国文献備考』(1770)、『万機要覧』(1808)、その他多数の文書により于山島が独島の昔の名前であったことが証明される。これにより20世紀初めまでの数世紀間、于山島が現在の独島を指していたことがわかる。
安竜福拉致事件
肅宗(スクチョン)時代(1674-1720)、朝鮮の漁夫安竜福(アン・ヨンボク)が日本の漁夫に拉致される事件が発生した。拉致問題を解決するために朝鮮と日本間で外交交渉が行われ、この問題は徳川幕府政権が1696年すべての日本人の鬱陵島渡海禁止令を命ずることにより一段落ついた。
議政府指令 3号
1906年、大韓帝国最高意思決定機関である議政府は指令3号を発表して日本の独島併合に対する不当性を指摘し、この問題に対する再調査を指示した。
第2次大戦後のカイロ宣言
韓国は1910年日本の支配下に入り、殖民地支配は1945年日本の第2次世界大戦の敗戦で終決した。1943年アメリカ・イギリス・中国はカイロ宣言を採択して日本が武力で奪ったすべての領土を返還することを要求する。1945年韓国の独立と共に独島は韓国の領土として返還された。これは1951年サンフランシスコ条約で改めて確認された。独島は韓国独立後、今日に至るまで終始韓国の管轄下にあった。

  • 最終更新:2014-12-01 12:59:04

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