東国文献備考

東国文献備考 1770年

韓国政府が竹島(独島)の領有を決定付ける最も有力な証拠としている資料。

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于山島 鬱陵島
二島一即于山
輿地志云 鬱陵于山皆于山國地 于山即倭所謂松島也
于山島・鬱陵島
二島、その一つが即ち于山。
輿地志に云う、鬱陵と于山はみな于山国の地。于山は倭の所謂松島なり。

1700年代初頭までの朝鮮の地図に記されている于山島は、全て松島とは全く違う位置や形・大きさで記されており、当時の朝鮮政府は松島を全く把握していないことが分かる。この頃の于山島も鬱陵島の東に隣接して描かれており、日本では、その位置関係や大きさ、形状、後の文献内容からも、于山島は現在の竹嶼を描いていると言われている。つまり、朝鮮政府は日本人の言う松島の存在を知らず、竹嶼と誤認していることになる。

  • 最終更新:2014-12-01 16:47:09

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